天文学・宇宙物理学部門

天文学・宇宙物理学部門の主な活動は、(1) 「こよう」衛星ミッション機器の開発、(2) 将来マルチメッセンジャー天文衛星HiZ-GUNDAMの開発、(3) 現在稼働している天文衛星を使ったガンマ線バーストやその他の高エネルギー天体の放射起源やそのメカニズムの解明です。また(4)宇宙で開発した技術を医療などの社会的な分野にも応用を進めています。

宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バーストやさまざまな天体物理学現象の解明を目指しています。
(©︎DESY, Science Communication Lab)

「こよう」衛星ミッション機器の開発

「こよう」衛星のミッション機器に関する詳細については、こちらをご参照ください。

将来天文衛星HiZ-GUNDAM

「ガンマ線バーストを用いた初期宇宙・極限時空探査計画High-z Gamma-ray bursts for Unraveling the Dark Ages Mission」は、金沢大学やその他多くの研究機関が強力な連携体制をとって開発を進めている次世代衛星ミッションです。現在、宇宙科学研究所の公募型小型衛星計画として提案を進めています(小型といっても、衛星の質量は~500 kgです)。HiZ-GUNDAM計画は、2018年度にミッションコンセプト提案が宇宙科学研究所に採択されました。本センターからはミッション主宰者(Principal Investigator, PI)として米徳大輔教授が統括し、その他センターに在籍する複数のセンターに所属する教員が共同・協力研究者として参画しています。

HiZ-GUNDAM計画は、ガンマ線バーストと呼ばれる宇宙最大の爆発現象の観測を通して、これまで知ることができなかった遠方宇宙を探査し、宇宙誕生初期の星形成の物理的環境を探ります。また、近年新たな天文分野として確立した「重力波天文学」および「時間領域天文学」をフロントランナーとしてけん引していく役割も担っていきます。

HiZ-GUNDAMは、広視野X線モニターと赤外線望遠鏡を搭載する予定の衛星です。搭載されている広視野X線モニターは、観測する視野が~1ステラジアン(全天球の10%程度)と広く、いつどこで起きるかわからないガンマ線バーストを広くカバーすることができます。また本ミッションで開発している広視野X線モニターは、従来衛星に搭載されていた装置よりも一桁以上も高い感度を誇るため、宇宙を遠方で発生するガンマ線バーストを検出することができます。そして、広視野X線モニターによって、ガンマ線バーストの発生座標がわかり次第すぐに、赤外線望遠鏡で追観測を行います。X線の観測だけでは、ガンマ線バーストまでの距離がわからないため、赤外線での観測によって、大まかな距離推定を行うことができます。そして、非常に遠方で起きたガンマ線バースト(例えば、赤方偏移 z > 6など)だとわかった場合、この発生座標を含んだ情報を直ちに地上に速報し、地上や宇宙の大型観測装置(すばるやジェームズウェッブ宇宙望遠鏡など)で追観測を行います。また重力波や高エネルギーニュートリノに同期したガンマ線バーストや突発天体の探査も行っていきます。近年では、単一の衛星で大きな成果を挙げることは限界があり、様々な波長の電磁波観測や粒子の垣根を超えた「マルチメッセンジャー天文学」が今後十数年以上にわたって、一つの大きな天文学分野になると考えられています。そしてHiZ-GUNDAMはこのマルチメッセンジャー天文学を強力に推進するコンセプトになっています。

将来天文衛星HiZ-GUNDAM。まだ誰も見たことのない初期宇宙の探査やマルチメッセンジャー天文学を推進していきます。

高エネルギー天文衛星を使ったガンマ線バーストのメカニズムの解明

宇宙論的遠方で起きるガンマ線バーストからの爆発現象は、光速に近い相対論的速度で中心エンジンから射出されるプラズマジェットから生じると考えられています。この放射メカニズムの解明に向け、当研究部門の所属するメンバーでは、日米欧国際共同ミッションであるFermi 衛星や NASA のSwift 衛星などのさまざまな天文衛星や地上望遠鏡を用いて、観測的な見地からの研究を進めています。

Swift衛星を用いた研究

ガンマ線バーストは、爆発の最初期に「即時放射」と呼ばれる非常に明るく、変動の激しい放射がX線・ガンマ線帯域でおよそ数秒から数百秒の間で起きる現象です。その即時放射の後に、「残光」と呼ばれる微弱な電磁波放射が電波からガンマ線にわたって、とても幅広い波長帯で生じます。この残光現象は、放射起源がいまだに謎に包まれています。そこで本センターメンバーが、Swift衛星の観測で得られたガンマ線バーストの初期残光に対し、系統解析を行いました。その結果、残光成分に誕生初期の中性子星もしくはブラックホールからの磁場解放のエネルギーが大きく寄与している可能性が高いことを示しました(Kagawa, Yonetoku et al., Astrophysical Journal, 877, 147 (2019))。

ガンマ線バーストの初期放射に、誕生初期のコンパクト星からの磁場エネルギーの寄与が大きいことを観測的に見出しました。
(©︎ NASA’s Goddard Space Flight Center/Chris Smith, USRA/GESTAR)

複数の天文衛星を組み合わせた研究

ガンマ線バーストからは1ギガ電子ボルトを超える非常に高いエネルギーのガンマ線が生じることが知られています。しかしながら、このガンマ線の起源はわかっておらず、ガンマ線バーストの粒子加速の物理はいまだによくわかっていませんでした。本センターのメンバーはFermi 衛星、Swift 衛星、MAGIC望遠鏡などを組み合わせることで、定説だったシンクロトロン放射に加え、逆コンプトン散乱に叩き上げられたガンマ線光子などが存在することを新たに見出しました。特に、近年は地上チェレンコフ望遠鏡を使ったテラ電子ボルトを超えるガンマ線観測が、ガンマ線バーストのような突発天体観測にもできるようになっています。今後のさまざまな観測で、放射メカニズムの理解がさらに進むと考えられています(Ajello, Arimoto et al., Astrophysical Journal, 890, 9 (2020))。

ガンマ線バーストからのX線〜超高エネルギーガンマ線を複数の天文衛星、地上望遠鏡で検出し、その放射メカニズムを同定。
(©︎ NASA’s Goddard Space Flight Center)

重力波天体からの電磁放射探査

「HiZ-GUNDAM」衛星や「こよう」衛星のミッション目標として掲げている重力波天体からの電磁波放射探査は、現在活躍している天文衛星にとっても重要なサイエンステーマになっています。Fermi衛星は広い視野を有しており、全天をくまなくサーベイできるため、重力波天文台LIGO/Virgoの第三期重力波観測(O3)に合わせたガンマ線帯域での電磁波フォローアップ観測を行なっており、当研究部門のメンバーもコアメンバーとしてその観測に大きな貢献をしています。O3では全ての観測において上限値のみの報告であったものの、将来の重力波–電磁波の同時観測に向けた重要な取り組みといえます。これまでの観測内容は全てGRB Coordinates Networkと呼ばれる全世界に公開される観測連絡網にて報告されています。また、本センターで推進している超小型衛星「こよう」は、従来の観測ではカバーできない低エネルギーX線帯での電磁波観測を実現できるため、大型衛星と連携した極めて高い相乗効果が期待されます。

2017年に起きた中性子星合体イベントでは、重力波信号に数秒遅れてガンマ線放射が観測されました。これは重力波天文学と電磁波天文学が初めて紐づいた革命的な天文現象になりました。
(©︎ Abbott et al., Astrophysical Journal Letters, 848, 2 (2017))

分野横断の放射線検出器開発と次世代イメージング

ガンマ線バーストなどの天体観測を目指したX線検出センサーを、単一の分野にとどまらず分野横断的に産業・医療に応用する試みに挑戦しています。宇宙環境では、天体からの微弱な信号に対して、何十倍から何百倍ものバックグラウンド信号が到来するため、極めて高い感度を有する検出器や高速な信号処理技術を開発する必要があります。天体観測で培ったこの技術を応用し、次世代の医療イメージングの開発への取り組みを進めています。例えば、X線は光子という量子的な粒子で構成されており、光子単位でX線信号を検出することで劇的な高感度化を実現することができます。本センターの教員は、X線コンピュータ断層撮影(Computed tomography, CT)と呼ばれるイメージング技術に、独自に開発したX線検出システムを応用することで、生体内部の元素マッピングの実現に成功しました。この独自技術を用いて、次世代の新たな診断や治療に貢献することが期待されます。

左:マウスの全体外観、右:マウス内部の骨(白)と投与したヨウ素造影剤(赤)。
生体内で元素を同定し、可視化することに成功。